ハッスル通信

小川・蝶野・武藤・大谷が発起人となり、
7・30青山葬儀所で故・橋本のプロレス界・プロレスファン合同葬

2005年7月24日

東京・大手町のサンケイプラザにて、『故・橋本真也 プロレス界・プロレスファン合同葬』に関する記者会見が行われた。会見には発起人の蝶野正洋、武藤敬司、小川直也が出席(大谷晋二郎は試合のため欠席)、プロレス界全体として橋本真也を送り出す事を発表した。


 故・橋本真也をプロレス界全体で送り出すため、超党派のタッグが組まれた。今回、発起人に名を連ねたのは新日本プロレスの蝶野正洋、全日本プロレスの武藤敬司、ハッスルの小川直也、ZERO-1 MAXの大谷晋二郎の4人である。
 発起人を代表して、まず小川が挨拶。
「橋本真也さんの葬儀の後、この3人で話し合いをしました。合同追悼興行などの話も出ていますが、その前に営利目的のない、業界の合同葬が必要ではないかという話になりました。マット界にこれだけの功績を残した人なのに、マット界として送り出していないのはどうかという事を話し合い、こういう時こそ団体の枠を取っ払ってやるべきじゃないかというのが、三人の一致した意見でした。大谷選手を含めて4人で、我々だけでやるのは力が足りないので、新日本プロレス、ドリームステージエンターテインメントを中心として各団体の協力の下、合同葬を執り行う事になりました。ひとりでも多くのファン、関係者の皆様の参列をよろしくお願いします」
 続いて、この日は試合のため欠席した大谷のコメントが読み上げられた。
「今、自分にできることは橋本さんのプロレスに対する愛情を自から創造し発信させていくことだと思います。本日は宮城県で試合のためこの場には出席することが出来ませんが、発起人にとして、また、一プロレスラーとして故人の意思を引き継ぎプロレス界の発展に尽くしていきたいと思います。皆様と共に、団体の枠を越え、橋本真也を送りだしたいと思います。
大谷晋二郎」

 合同葬の詳細は以下の通り。

「橋本真也プロレス界プロレスファン合同葬」
日時:2005年7月30日(土) 13:00〜
●13:00〜 ファン受付開始
●13:05〜 選手・関係者・ファン参加テンカウントゴング
●13:10〜 ファン献花開始
●14:50〜 発起人挨拶
●15:00 終了(予定)

場所:東京都青山葬儀所(東京都港区南青山2-33-20)
   地下鉄千代田線乃木坂駅5番出口から徒歩3分
   地下鉄銀座線・大江戸線青山1丁目駅3番出口から徒歩12分

※駐車場にはリングを設置する為駐車スペースがございませんので、公共の
 交通機関をご利用ください。
※供花及びお供物は謹んでご辞退申し上げます。尚、当日皆様よりお預かりした
 御霊前に関しては、発起人(蝶野正洋、武藤敬司、小川直也、大谷晋二郎)を
 通じて橋本選手のお子様へ全額お渡し致します。
※ファンの皆様方は、平服でお越しください。

●質疑応答

――16日の葬儀の後、三人でどのような話し合いをされたんですか?
小川「その時の話は、まず業界を説得して1日も早く業界として送り出してやらないと、これは業界の恥ではないかという事です。それぞれのスケジュールが合わない中で、これだけは最優先にしようと、まとまって1日でも早くという話しをしました」
武藤「自分は全日本の巡業にいってまして、小川選手と蝶野選手に託す形でミーティングに参加できなかったのですが、あとは小川がパーフェクトな働きをしてくれたので…以上です」
蝶野「まず橋本選手の残された遺族、お子さんが頭に浮かびました。葬儀には多くの参列者がいましたが、自分たちでももう一度橋本を送り出すような場を作りかった。各団体の会場でもお別れの場を設けていますが、正式に送り出し、プロレスファン、橋本ファンがお別れを言えるようなそういう場を設けようというのが自分たちの思いです」

――他団体にも呼びかけるのですか?
小川「垣根を取っ払ってやっているので、橋本さんに縁のある人は、こういう場を設ければ必ず来てくれるだろうと思っているので、あえて三人が発起してやっている感じです」

――3人の中でこういう葬儀にしたいというプランはありますか?
武藤「ことプロレスにおいては最高の演出をする自信がありますが、こういう場は皆さんにお任せしたいです」
小川「派手好きな人だったので、湿っぽい事は抜きにしたい。例えば花火でもドンドン上げたいなって気持ちはありますが、お金がかかる事なので、その分を遺族に回したいと思います」
蝶野「この会見が終わってからでも、直接話をしたいね」

――何人くらいの参列者が来ると予想しますか、また合同興行という可能性は?
小川「参列は一人でも多くの人が来てくれる事が、橋本さんのためになると思います。合同興行については、はっきり言って合同葬、橋本さんを送り出してあげるのがまずありきなので、それは後の話だと思います。まずは合同葬をやりたいと思います」

――葬儀の後、お子さんにどんな言葉をかけましたか?
武藤「まだかけていないです」
小川「亡くなったその日に、棺の前に長男がいたので、これから頑張れよ、と。それが精一杯でした。涙を堪えるので精一杯でした」
蝶野「自分も、大きくなったな、という事しか声がかけられなかったですね。合同葬の時にお父さんのやってきた事や多くの人に支持されてきた事を見て育って欲しいと思います」

――3人が集まった事で、橋本さんが願っていたプロレス復興のために何かをするという可能性は?
蝶野「気持ちの中では持っています。橋本選手も団体というよりプロレス界という、ジャンルという捉え方をしてましたから。この業界にいるみんながそう思っていると思います。ただクリアする問題、背負っている団体がそれぞれあるから。今までは同じテーブルにつくことも出来なかったので、その後に残る体制が出来ればいいと思っています」
小川「まずは合同葬ありきでやっていきたいです。橋本さんをみんなで送り出すのが、みんなの気持ちですから。まずは合同葬を成功させたい」
武藤「自分の場合、今回は個人の気持ちが強く、興行となると組織にお伺いをたてないといけないし、みんなで考えて、どうなるか分からないけど行きたいなと考えております」